2019年3月20日水曜日

陽の目を見るかもこの俺だって

 そういうわけでブログの体裁を借りた我がWeb日記をお引越ししたのだった。僕は実生活において引越しの体験が断然少ないのだが、そのぶんインターネット上での引き越しを複数回しているからまあ人並みに引き越しの経験はある方だと思う。なんてなことを仮初にも知り人に向かって言葉として真面目に発したとしたら、そりゃあ気狂と思われるのが関の山だということはモチのロンな感じでわかっている。だって僕は気狂じゃないから。
 現代のように、ネットとリアル社会が完全なる陸続きになり、ネットの動向が世の中を動かすのが当たり前となったとしても「いやあ、僕ちんはネットでサイトやブログを複数回にわたって引き越したことがあるから、実際の引き越しについても結構いけると思うんスよね。引き越しの使える知識を持ってると思うんスよね」なんて云っている輩がいたら、それは誰からも相手にされないだろうと思う。
 そらあその人の周囲にいる人々が大変に優しい人ばかりだったら、柔らかな微笑みを浮かべ(こういう時の笑いを”愛想笑い”というのだそうだ。なんという冷然とした言葉だろう!)仕舞いまで話を聞いてくれるだろうが、話し終わった当人が満足の体ですぃ、と、どこかへ消えていった瞬間から、聞いていた人々は互いの顔を見合わせつつ「やっぱりあの人は気狂ですね」なんて、優しい口調で陰口を云い合うに決まっている。それが人間というものだ。
 つまりはあれだ、経験というのはやはり実際に体験しなければなんにもならないということだ。実際にその場に身を投じ、額に汗して実地に体験をしなければダメだということだ。それは例えるならばあの頃、人の三倍もせんずりをかいていた二十歳且つ未だ童貞だった僕よりも、興味本位でたった一回セックスをしてしまった近所の中学一年生カップルの方が大人としての経験が上等、というのと同じことだ。思えばあの中一カップルもいまではもういいおっさんとおばはんになっているはずだ。元気にしているだろうか。ちゃんと胃カメラとか呑んでいるだろうか。
 そういうわけだから僕がいま持っている引き越しに関する経験はネット上のそれが大半を占めている。故に実際の引き越しに関しては大変に経験が少なく、云ってみればセカンド童貞みたようなものだ。いや、引き越しの業者さんを使った引き越ししかしたことがないという経験からすると引き越し素人童貞か。いったい何を云っているのだ私は。誰か止めてはくれまいか。

閑話休題

 このWeb日記の本体たる『ザ・ガーベージ・コレクション』も、初めは、えーと、あそこなんつったかな、もう名前は忘れてしまった(なにせ十六年も前の話だからねぇ)が、とある有料レンタルサーバを借りて2003年4月29日に公開した。同じ年の6月になったら『相田みつおの世界』てコンテンツが急に評判になって、借りていたとあるレンタルサーバに設定されていたダウンロード容量の制限を超えてしまい、運営会社から「この状況が続くのであればもっと上級なサーヴィスを契約しなさい」的な警告を受けた。周章てて、当時ホームページスペースのレンタルサーヴィスとしてぶいぶい云わせていたinfoseek webのそれを借りたのだった。たしか無料だった。本体サイトの方で「classics」のメニューにあるコンテンツはほぼこの時代に作ったもの。
 それから色々と結構なことがあって作品づくりを一旦休んでいるうちに時代がどんどん変わって行き、個人ホームページはすっかり世の中的に下火、その頃すでに楽天に買収されていたinfoseek webもそのサーヴィスをやめると云い出したものだから、その少し前から作品づくりを再開していた僕は周章狼狽しつつ「ホームページスペース レンタル 無料」でググったら上の方に出てきたFC2のそれを借りてサイトを引き越した。2011年春のことだ。
 世間知らずとは恐ろしいもので、当時僕はこのFC2がアダルト方面でぶいぶい云わせているところだとは露知らなかった。うーん、アダルトを差別するわけではないけれども、アダルティな要素が全くない僕のホームページがそこにあるのは、僕のホームページに僕が込めるものとは違う色がついてしまうやもしれんなあ。加えて無料だけに意図しない広告が入るし。と思ったから、こんだ”無料”のところを”有料”に変えてググったら割と上の方に出てきた、現在使っているさくらインターネットのサーバに引き越したのだった。あれからもうじき丸八年ですか。

 閑話休題

 あれっ。こうしてネット上での引き越し回数をカウントしてみたら三回しかしてないや。ここまでの話が根底からひっくり返っちゃったよ。まあいいか。まあいいやな。せっかく綴ったこの文章だからこのままアップしちゃおう。廃品利用だ。俺はそういうエコなお哥ィさんだ。

 閑話休題

 ああ、いま、作業BGMとして再生させていたグーグルプレイミュージックが野口五郎の名曲『私鉄沿線』を再生したのだけれど、この曲の二番の歌詞に「僕の部屋を訪ねてきては いつも掃除をしていた君よ 僕もわかりません 君はどうしているのでしょう」という箇所があるのだけれど、うーん、これ、現代だったら、いつも部屋の掃除をしてくれていた君の現在も、facebookとかで割と平気に見つかっちゃったりするんだろうねぇ。
 とすると、これからの失恋ソングは、別れた相手がSNS上でで新しい恋人と楽しそうに振舞っているのを複雑な気分で眺めるわたし、みたいな内容になっていくのかなあと思う。ああ、でもそれだとダ・カーポの『結婚するって本当ですか』とかシュガーの『ウェディング・ベル』と同じか。いや、でもその所在を探そうとして探し出せる現代のSNSの方が業が深い印象になるね。

 閑話休題

 うーん、でもあの人の現在は見つけられないんだよなあ。どこでどうしているんだろうなあ。もいっぺんだけでいいから会いたいなあ。

 閑話休題

 facebookの恐ろしいところは実名が基本だというところで、なぜなら私のまこと本名は、おそらく同姓同名がいないだろうと思われるようなものなのであって、だから、実名を出したが最後、すぐに特定されちゃうから、実名主義はいやんばかーんうふふんそこはおめめなのははん、なのでありんす。だっていくらネット上とはいえセカンド童貞とか喜んで活字で書いてたら結構やばい奴じゃん。恥ずかしい奴じゃん。親が見たら泣くよ。

 閑話休題

 ではそんなことでお後がよろしいようで。リダイレクトとかよくわかりませんから前のブログには設定しておりませんです。お手数ですが、向後はこちらにアクセスしていただきたく存じます。今後ともよろしくお願いいたします。

 本体サイトも重ねてよろしく。『ザ・ガーベージ・コレクション








ありがとうございました。これからもよろしく。

 とりあえずこのWeb日記と云い張っていたブログは今日でおしまいにします。  閑話休題  昨年の五月、置かれた状況・環境に翻弄されてすっかり減退してしまった創作意欲に再び火をつけて、みやかけおを再起動するのを目的に、ブレインストーム的にブログを始めたのですが、あれから一年...