2018年9月28日金曜日

時代を見ながら背を向ける

 人から褒められるというのはやはり嬉しいもので、先日、僕は比較的新しい知り人にこのサイトのことを教えた。これまでサイトをやっていることを、ネット以外で知り合った人に話したことはなかった。なぜならいい思いをしたことが殆どなかったから(多くの場合は理解されず軽侮の空気が漂う)だ。しかしこの比較的新しい知り人は創作活動に勤しんでいると知れたから喜び勇んで教えた。
 その知り人は僕のサイトを見て「言葉でいろんな感情を表現する著述家ですね」と感心したように評してくれた。人から褒められるのはやはり嬉しいもので僕はとても嬉しくなったが同時に恥ずかしくもあったから気の利いた返事ができずにぼう、としてしまった。
 しかし褒められるのは、お釣りが来るほどのおっさんと成り果てた僕でもこんなに嬉しいんだら、みんなもっと人を褒めたらいいと思う。特に小供とかはぐんぐんに褒めたらいいと思う。褒められりゃみんな嬉しくなってどんどんやるよ。

 閑話休題

 「著述家」ってのは褒めてるよね。あんまり罵倒の時に使う言葉じゃないものね。「やーい、お前の母ちゃん著述家ぁー」とは言わないものね。

 閑話休題

 その比較的新しい知り人の創作ジャンルは音楽のそれなのだが、その作品は玄人はだしというかまじ玄人のレベルだったので大にびびった。

 閑話休題

 話はまじで変わるが先日公開されたMac OSの最新バージョンであるMojave。早速愛用のMac mini2014にアップデートをかけようと、App Storeからダウンロードをしてインストールを開始したら残り五十三分のところですっかり止まってしまった。不安いっぱいの心境で祈るようにして画面を見つめていたのだが、三十分以上そのまま何らの動きもない。
 普段は万事鈍間なのに変なところで気が短い私は、遠く亜墨利加はクパチーノに向かって呪詛の言葉を吐きつつ立てた中指でそのまま電源ボタンを長押し、強制再起動を試みた。するとどうだ、程なく黒の画面にエラーが起きたことを示す文言が表示されるいわゆるカーネルパニックの状態になってしまった。
 負けるもんかと再度強制再起動を試みるが状況は同じ。「同じことを繰り返して違う結果を期待することを狂気という」という、えーと誰が云ったんだっけかこの言葉は、タイガー・ジェット・シンだったかな、ってあれは狂気じゃなくてインドの狂虎か。まあ誰でもいいや、とにかく私はそういう真理を言葉で知っているからすぐに強制再起動を諦めて、リカバリーモードで起動した。
 よかった。リカバリーモードはちゃんと起動したからそこで起動ディスクを検査したところ問題は見つからず、そうだこうなったらバックアップから復元するよりもクリーンインストールをしようと思ってそうした。
 果たせるかな、クリーンインストールは無事に終了し見事私のMac mini2014は最新のOSを纏うこととなったのだった。

 閑話休題

 OSをアップデートする際はクリーンインストールの方が断然いいというのは、頭ではわかっていてもその後、環境を再現するのが面倒でつい上書きアップデートを選んでしまう。パソコンを使い始めて三十余年、思い返せば環境を再現するための苦労をどれほどしてきただろう。アプリケーションのインストールとアクティベート、ブラウザのブックマークの再現、環境設定の再現などなど膨大な作業が待っていてどうかすれば一日がところ平気でかかってしまう。そうしてまた、パッケージで購入したアプリケーションに封入されている登録コードを紛失していてそのアプリケーションが使えなくなったりする。
 と、思っていた。そういうものだと思い込んでいた。思い込むことで思考停止していた。
 それがどうだ、いまや気がつけばアプリケーションはApp Storeをはじめとしてネットからダウンロードするのが当たり前。アクティベートはApp Storeのアプリケーションならダウンロードのみでそのまま使え、外部から購入したアプリケーションも全てネットで購入したものだから、再度ダウンロードしたのち、購入時にメールにて送信され保管された登録コードなどを入力すれば簡単に使える。ブラウザのブックマークはクラウド上に保管されたものを参照し自動で復元される。環境設定も昔ほど複雑なものはなくinitやcdevを弄っていたのは遠い昔、バックアップの設定すらTime Machine用のディスクを接続すれば勝手にやってくれる。
 結果として三時間もかからずに以前とほぼ変わらぬ環境を再構築することができた。おまけにクリーンインストールをしたから永らく使っていなかったアプリケーションやゴミ箱に入れっぱなしのデータ、不要なダウンロードしたデータなどが綺麗さっぱり消えたからMac自体の動作がキビキビするという嬉しい結果となった。
 失敗は成功のマザー。といえば長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督にして嘗てミスターサンヨーだった人が云った有名な言葉だが、その通り、今回私は失敗から大いに学んだ。かつてあれほど苦しめられたクリーンインストールと環境の再構築も、いまや鼻歌交じりで出来るようになっていた。如此く時代は知らぬ間に進んでいる。進んで行ってしまっている。そうしているうちにやがて時代についてゆけなくなるのだろう。まあその時はまた失敗という成功のマザーを頼ればいいか。いいやな。それでいいや。

 閑話休題

 ああそうそう、いま上のトピックで「思考停止」と書いて思い出したけど、あのー、ネット発祥の言葉、いわゆるネットスラングってのはさあ、気を付けないと思考停止のための言葉になっちゃうよね。なんてのかな、定義づけがやがて決めつけになりついには思考停止に至るというか。たといば誰かが「あの連中は要するに”アンチ”なんだよ」と定義づける。するとそれを読んだ少し足らない人が「そうか批判者をアンチと呼べばいいんだ」と思って批判する人を見つけると”アンチ”と決めつける。するとそれを読んださらに足らない人が「そうかあいつらはアンチなんだからそう思って無視すればいいんだ」とついに批判の中身に思いを巡らすことなく思考停止してしまう。そういう効能を強く持つのがネットスラングと思う。

 閑話休題

 まあそういうわけでお後がよろしいようで。時代は進んでいますが私は何も進んでいません。相も変わらずホームページを運営しています。十年一日とはこのことでしょうかね。まあいいか。まあいいやね。好きでやってることだ、時代のことなんか知ったことか。



ありがとうございました。これからもよろしく。

 とりあえずこのWeb日記と云い張っていたブログは今日でおしまいにします。  閑話休題  昨年の五月、置かれた状況・環境に翻弄されてすっかり減退してしまった創作意欲に再び火をつけて、みやかけおを再起動するのを目的に、ブレインストーム的にブログを始めたのですが、あれから一年...